れから、笊の蔬菜を白磁の鉢の中に移した。わざと肩肘《かたひじ》を張るのではないかと思えるほどの横柄な所作は、また荒っぽく無雑作に見えた。教師は左の手で一つの匙《さじ》を、鉢の蔬菜の上へ控えた。塩と胡椒《こしょう》と辛子《からし》を入れる。酢を入れる。そうしてから右の手で取上げたフォークの尖《さき》で匙の酢を掻《か》き混ぜる段になると、急に神経質な様子を見せた。狭い匙の中でフォークの尖はミシン機械のように動く。それは卑劣と思えるほど小器用で脇《わき》の下がこそばゆくなる。酢の面に縮緬皺《ちりめんじわ》のようなさざなみか果てしもなく立つ。
 妹娘のお絹は彼の矛盾にくすりと笑った。鼈四郎は手の働きは止めず眼だけ横眼にじろりと睨《にら》んだ。
 姉娘の方が肝が冷えた。
 匙の酢は鉢の蔬菜の上へ万遍《まんべん》なく撒《ま》き注がれた。
 若い料理教師は、再び鉢の上へ銀の匙を横へ、今度はオレフ油を罎《びん》から注いだ。
「酢の一に対して、油は三の割合」
 厳かな宣告のようにこういい放ち、匙で三杯、オレフ油を蔬菜の上に撒き注ぐときには、教師は再び横柄で、無雑作で、冷淡な態度を採上げていた。
 およそ
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