て、西仲通りに歩るきかかるとちらほら町には灯が入って来た。鼈四郎はそこから中橋広小路の自宅までの僅《わずか》な道程を不自然な曲り方をして歩るいた。表通りへ出てみたりまた横町へ折れ戻り、そして露路の中へ切れ込んだりした。彼が覗《のぞ》き込む要所要所には必ず大小の食もの屋の店先があった。彼はそれ等の店先を通りかかりながら、店々が今宵《こよい》、どんな品を特品に用意して客を牽《ひ》き付けようとしているかを、じろりと見検めるのだった。
 ある店では、紋のついた油障子の蔭から、赤い蟹《かに》や大粒の蛤《はまぐり》を表に見せていた。ある店では、ショウウィンドーの中に、焼串《やきぐし》に鴫《しぎ》を刺して赤蕪《あかかぶ》や和蘭芹《オランダぜり》と一しょに皿に並べてあった。
「どこも、ここも、相変らず月並なものばかり仕込んでやがる。智慧《ちえ》のない奴等ばかりだ」
 鼈四郎は、こう呟《つぶや》くと、歯痒《はがゆ》いような、また得意の色があった。そしてもし自分ならば、――と胸で、季節の食品月令から意表で恰好《かっこう》の品々を物色してみるのだった。
 彼の姿を見かけると、食もの屋の家の中から声がかけられ
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