加えて己れを表示する術《すべ》も覚えた。彼はなりの恰好《かっこう》さえ肩肘《かたひじ》を張ることを心掛けた。彼は手鏡を取出してつくづく自分を見る。そこに映り出る青年があまりに若く美しくして先生と呼ばれるに相応《ふさわ》しい老成した貫禄が無いことを嘆いた。彼はせめて言葉附だけでもいか[#「いか」に傍点]つく、ませ[#「ませ」に傍点]たものにしようと骨を折った。彼の取って付けたような豹変《ひょうへん》の態度に、弱いものは怯《おび》えて敬遠し出した。強いものは反撥《はんぱつ》して罵《ののし》った。「なんだ石刷り職人の癖に」そして先生といって呉れるものは料理人だけだった。
「与四郎は変った」「おかしゅうならはった」というのが風雅社会の一般の評であった。彼の心地に宿った露草の花のようないじらしい恋人もあったのだけれども、この噂《うわさ》に脆《もろ》くも破れて、実を得結ばずに失せた。
 若者であって一度この威猛高《いたけだか》な誇張の態度に身を任せたものは二度と沈潜して肌質《きめ》をこまかくするのは余程難しかった。鼈四郎《べつしろう》はこの目的外れの評判が自分のどこの辺から来るものか自分自身に向って知らないとはいい徹せなかった。「学問が無いからだ」この事実は彼に取って最も痛くていまいましい反省だった。そして今更に、悲運な境遇から上の学校へも行けず、秩序立った勉強の課程も踏めなかった自分を憐《あわれ》むのであった。しかしこれを恨みとして、その恨みの根を何処へ持って行くのかとなると、それはまたあまりに多岐に亘《わた》り複雑過ぎて当時の彼には考え切れなかった。嘆くより後《おく》れ走《ば》せでも秘《ひそ》かに学んで追い付くより仕方がない。彼はしきりに書物を読もうと努めた。だが才気とカン[#「カン」に傍点]と苦労で世間のあらましは、すでに結論だけを摘み取ってしまっている彼のような人間にとって、その過程を煩わしく諄《くど》く記述してある書物というものを、どうして迂遠《うえん》で悪丁寧《わるていねい》とより以外のものに思い做《な》されようぞ。彼は頁《ページ》を開くとすぐ眠くなった。それは努めて読んで行くとその索寞《さくばく》さに頭が痛くなって、しきりに喉頭《こうとう》へ味なるものが恋い慕われた。彼は美味な食物を漁《あさ》りに立上ってしまった。
 結局、彼は遣《や》り慣れた眼学問、耳学問を長じ
前へ 次へ
全43ページ中21ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 かの子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング