《くるま》を通す橋を」
直助は毎日仮橋の架設工事の監督に精出してゐた。秋も末に近く、瀬は殆《ほとん》ど涸《か》れてゐた。川上の紅葉が水のまにまに流れて来て、蛇籠《じゃかご》の籠目や、瀬の縁《ふち》に厚い芥《あくた》となつて老いさらばつてゐた。
近い岸より、遠い山脈が襞目《ひだめ》を碧落《へきらく》にくつきり刻み出してゐた。ところどころで落鮎《おちあゆ》を塞《ふさ》ぐ魚梁《やな》の簾《す》に漉《こ》される水音が白く聞える。
結び慣れてゐた洋髪から島田|髷《まげ》に結ひ直すために、かの女は暫《しばら》く髪癖を直す手当てをしなければならなかつた。かの女は部屋に籠《こも》つて川にも人にも遇《あ》へなかつた。直助には障子《しょうじ》越《ご》しに一度声をかけた。
「川はどう?」
「こゝのところ川は痩《や》せてをります。」
直助の言葉は完全に命令|遵奉《じゅんぽう》者の無表情に還《かえ》つてゐた。直助は思ひ出したやうにある朝自分の部屋から取つて来て、障子をすこしあけて希臘《ギリシャ》神話をかの女に返して行つた。
直助が河に墜《お》ちて死んだのは、かの女が嫁入つてから半月ばかり後の夜のこ
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