雪の日
岡本かの子

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)伯林《ベルリン》
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 伯林《ベルリン》カイザー街の古い大アパートに棲んで居た冬のことです。外には雪が降りに降っていました。内では天井に大煙突の抜けているストーヴでどんどん薪をくべていました。電車の地響と自動車の笛の音ばかりで、街には犬も声を立てて居ない、積雪に静まり返った真昼時でした。玄関の扉《ドア》をはげしく叩く音――この降るのに誰がまあ、」と思いながら扉を開くと、どやどやと三人ばかり入って来たのは青年、壮年、老年を混ぜて三人の労働者達でした。
 ――わたし達、室内電線を修繕しに来ました。」
 にこやかなものです。だしぬけなので一寸驚いた私も、直ぐ気を取り直して奥の方へ案内しました。私は伯林へ来るなり(私が伯林へはいったのは、その夏の始めでした)伯林の労働者に好感を持ったのでした。彼等の多くは実に無邪気で明るい。トラックの上にかたまって乗っている労働者達が異国人の私達に笑いかけながら手を振って通り過ぎる情景などに幾度接したかわかりませんでした。で、機会のある毎に私達は、この勤労生活を善意に受けて
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