星
岡本かの子
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)鼓豆虫《みずすまし》
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)人間にいろ/\な
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晴れた秋の夜は星の瞬きが、いつもより、ずつとヴイヴイツトである。殊に月の無い夜は星の光が一層燦然として美しい。それ等の星々をぢつと凝視してゐると、光の強い大きな星は段々とこちらに向つて動いて来るやうな気がして怖いやうだ。事実太洋を航海してゐるとき闇夜の海上の彼方から一点の光がこちらに向つて近づいて来る。何であらうと一心にそれを見守つてゐると、突然その光の下に黒々とした山のやうな巨船の姿を見出してびつくりしたことがある。星を見詰めてゐると何か判らない巨大なものがその星を乗せてこちらに迫つて来るやうな気がする時もある。さういふ錯覚は一種の恐怖に似て神秘的な楽しさでもある。
星の瞬きは太古から人間にいろ/\な暗示や空想を与へてゐる。星によつて人間の運勢を占ふといふことは、古来、東西共通に行はれたことで、たとへそれに、科学的根拠があるにしても、そも/\の初めは太古の人間が、星辰の運行にいろ/\の神秘的な意味を持たせ、それを人間の生活に結びつけて来たものである。星が常に何事かを下界に向けて信号し続けてゐるやうに明滅したり、時期によつて地球から見る人の眼にその位置を変へたり、鼓豆虫《みずすまし》のやうにすい/\と天空を流れたり、時には孔雀の尾のやうに長い尾を引く慧星が現はれたりすることなどは、すべて動くものに生命を見出した太古の人にとつては、星もまた一つの生きものであつたと思はれたらしい。私達でも星をぢつと見詰めてゐると、星が生きもののやうな気がして来る。
ヱジプト、アラビヤ、印度、などの乾燥した土地では、天体を非常に近く感ずる。それは空中の湿度が低いため星辰の光が一層燦然と輝くからであるといふ。それだけに、それ等の土地の太古の住民は、天体の運行に興味を持ち、恰度漁師が風と雲によつて天候を予知するやうに、星辰を観測することによつて、何彼と生活上の便宜を得た。さういふわけで、占星術の如きも、ヱジプト、アラビア、印度等に、一番古く発達したのであつた。
私は、渡欧の船中、印度洋で眺めた南十字星の美しさは、いつまでも忘れ難い。コバルト色に深く澄み渡つた南の空に、大粒の宝玉のやうに
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