し、それとお情けを受けた歳の十六の若さを奥さまに差上げて、幾久しく奥さまのお若くてお仕事遊ばすようお祈りいたします。ただ一つ永久のお訣《わか》れに、わたくしがあのとき呼び得なかった心からのお願いを今、呼ばして頂き度《と》うございます。それでは呼ばせて頂きます。
  おかあさま、おかあさま

       むかしお雛妓の
           かの子より
 奥さまのかの子さまへ
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 わたくしは、これを読んで涙を流しながら、何か怒りに堪えないものがあった。わたくしは胸の中で叫んだ。「意気地なしの小娘。よし、おまえの若さは貰った。わたしはこれを使って、ついにおまえをわたしの娘にし得なかった人生の何物かに向って闘いを挑むだろう。おまえは分限《ぶげん》に応じて平凡に生きよ」
 わたくしはまた、いよいよ決心して歌よりも小説のスケールによって家霊を表現することを逸作に表白した。
 逸作はしばらく考えていたが、
「誰だか言ったよ。日本橋の真ん中で、裸で大の字になる覚悟がなけりゃ小説は書けないと。おまえ、それでもいいか」
 わたくしは、ぶるぶる震えながら、逸作に凭《もた》れて
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