たくしは、その想いの糸を片手に持ちながら、父の死以来、わたくしの肩の荷にかかっている大役を如何なる方図によって進めるかの問題に頭を費していた。
 若さと家霊の表現。この問題をわたくしはチュウインガムのように心の歯で噛《か》み挟み、ぎちゃぎちゃ毎日噛み進めて行った。
 わたくしを後援する伯母と呼ぶ遠縁の婦人は、歌も詠まないわたくしの一年以上の無為な歳月を、もどかしくも亦、解《げ》せなかった。これは早く外遊さして刺戟《しげき》するに如かないと考えた。伯母は、取って置きの財資を貢ぎ出して、追い立てるようにわたくしの一家を海外に送ることにした。この事が新聞に発表された。
 いくつかの送別の手紙の中に、見知らぬ女名前の手紙があった。展《ひら》くと稚拙な文字でこう書いてあった。

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奥さま。かの子は、もうかの子でなくなっています。違った名前の平凡な一本の芸妓になっています。今度、奥さまが晴れの洋行をなさるに就《つ》き、奥さまのあのときのお情けに対してわたくしは何をお礼にお餞別《せんべつ》しようかと考えました。わたくしは、泣く泣くお雛妓のときのあの懐かしい名前を奥さまにお返し申
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