しい説明することを省く。わたくしは、ただ父の遺骸《いがい》を埋め終ってから、逸作がわたくしの母の墓前に永い間|額《ぬか》づき合掌して何事かを語るが如く祈るが如くしつつあるのを見て胸が熱くなるのを感じたことを記す。
母はわたくしを十四五の歳になるまで、この子はいじらしいところが退《の》かぬ子だといって抱き寝をして呉《く》れた。そして逸作はこの母により逸早く許しを与えられることによってわたくしを懐にし得た。放蕩児《ほうとうじ》の名を冒《おか》しても母がその最愛の長女を与えたことを逸作はどんなに徳としたことであろう。わたくしはただ裸子のように世の中のたつきも知らず懐より懐へ乳房を探るようにして移って来た。その生みの母と、育ての父のような逸作と、二人はいまわたくしに就《つい》て何事を語りつつあるのであろうか。
わたくしはその間に、妹のわたくしを偏愛して男の気ならば友人の手紙さえ取上げて見せなかった文学熱心の兄の墓に詣《もう》で、一人の弟と一人の妹の墓にも花と香花《こうげ》をわけた。
その弟は、学校を出て船に努めるようになり、乗船中、海の色の恍惚《こうこつ》に牽《ひ》かれて、海の底に趨《は
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