、後のものに迷惑でもかけるといけないと言って、どうしても後妻の籍を入れさせなかったことや、多少、父を逸作に取做《とりな》すような事柄を話した。免作は腕組をして聴いていたが、
「あの平凡で気の弱い大家の旦那《だんな》にもそれがあったかなあ。やっぱり旧家の人間というものにはひと節あるなあ」
 と、感じて言った。わたくしは、なお自分の感想を述べて、
「気持ちはこれで相当しっかりしているつもりですが、身体がいうことを聞かなくなって……。これはたましいよりも何だか肉体に浸《し》み込んだ親子の縁のように思いますわ」と言った。
 すると逸作は腕組を解いて胸を張り拡《ひろ》げ、「つまらんことを言うのは止せよ。それよか、疲労《つか》れてなければ、おい、これから飯を食いに出掛けよう。服装はそれでいいのか」
 と言って立上った。わたくしは、これも、なにかの場合に機先を制してそれとなくわたくしの頽勢《たいせい》を支えて呉《く》れるいつもの逸作の気配りの一つと思い、心で逸作を伏し拝みながら、さすがに気がついて「一郎は」と、息子のことを訊《き》いてみた。
 逸作はたちまち笑み崩れた。
「まだ帰って来ない。あいつ、
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