家の家霊はおしゃれ[#「おしゃれ」に傍点]で美しいもの好きだ」と。そしてまた言った。「その美なるものは、苦悩を突き詰めることによってのみその本体は掴《つか》み得られるのだ」と。ああ、わたくしは果してそれに堪え得る女であろうか。
ここに一つ、おかのさんと呼ばれている位牌がある。わたくしたちのいま葬儀しつつある父と、その先代との間に家系も絶えんとし、家運も傾きかけた間一髪の際に、族中より選み出されて危きを既倒に廻《まわ》し止めた女丈夫だという。わたくしの名のかの子は、この女丈夫を記念する為めにつけたのだという。しかも何と、その女丈夫を記念するには、相応《ふさ》わしからぬわたくしの性格の非女丈夫的なことよ。わたくしは物心づいてからこの位牌をみると、いつもこの名を愛しその人を尊敬しつつも、わたくし自らを苦笑しなければならなかった。
読経は進んで行った。会葬者は、座敷にも椽《えん》にも並み余り、本堂の周囲の土に立っている。わたくしは会葬者中の親族席を見廻す。そしてわたくしは茲にも表現されずして鬱屈《うっくつ》している一族の家霊を実物証明によって見出すのであった。
北は東京近郊の板橋かけて、南は相模厚木辺まで蔓延《まんえん》していて、その土地土地では旧家であり豪家である実家の親族の代表者は悉《ことごと》く集っている。
その中には年々巨万の地代を挙げながら、代々の慣習によって中学卒業程度で家督を護《まも》らせられている壮年者もある。
横浜開港時代に土地開発に力を尽し、儒学と俳諧にも深い造詣《ぞうけい》を持ちながら一向世に知られず、その子としてただ老獪《ろうかい》の一手だけを処世の金科玉条として資産を増殖さしている老爺《ろうや》もある。
蓄妾《ちくしょう》に精力をスポイルして家産の安全を図っている地方紳士もある。
だが、やはり、ここにも美に関るものは附いて離れなかった。在々所々のそれ等の家に何々小町とか何々乙姫とか呼ばれる娘は随分生れた。しかし、それが縁付くとなると、草莽《そうもう》の中に鄙《ひな》び、多産に疲れ、ただどこそこのお婆さんの名に於ていつの間にか生を消して行く。それはいかに、美しいもの好きの家霊をして力を落させ歎《なげ》かしめたことであろう。
葬儀は済んだ。父に身近かの肉親親類たちだけが棺に付添うて墓地に向った。わたくしはここの場面をも悉《くわ》
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