縮緬のこころ
岡本かの子

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【テキスト中に現れる記号について】

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、底本のページと行数)
(例)ねんねこ[#「ねんねこ」に傍点]

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)ところ/″\
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
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 おめしちりめんといふ名で覚えてゐる――それでつくられてゐた明治三十年代、私の幼年時代のねんねこ[#「ねんねこ」に傍点]。それも母のきものをなほしたねんねこ[#「ねんねこ」に傍点]だつたからそれよりずつとむかし、明治二十年前後の織物だつたかもしれない。そのねんねこで若いきれいな守女におぶさるのがうれしかつた。柄は紫の矢はづだつたと思ふ。きめが細かくて、そのくせ、しぼが、さらつとして柔かく、しんにぴんとした感じがあつた。何といふ古風な紫の上品な色調、それがやや鼠がゝつた白と中柄の矢はづ絣を組み合せてゐる柄。上品なうへに粋だつた。黒繻子のゑりがかゝつたそのねんねこがすらつとした色の白い若い守女と眼の大きな髪の毛の黒々とした茫漠としたやうな女の児をつつんでゐたその頃の――明治三十年代のやや古びたおめしちりめんを想像して下さい。今の錦紗のやや軽薄めいた技巧的感触や西陣お召の厳粛性のやうな感じとは全然ちがふもつと、ち、り、め、ん、といふなまめかしさ、いとしさ、やるせなさ、優しさの含んだ純粋絹をねり[#「ねり」に傍点]にねつてしな[#「しな」に傍点]とこく[#「こく」に傍点]とをつけた布地でした。
 かんこ[#「かんこ」に傍点]ちりめんといふ、これは苦労して働いた家刀自の愛のやうな感じのちりめんで、やはりその頃母の古着のなかにあつたやうに覚えてます。しぼ[#「しぼ」に傍点]がやたらに荒くつて、もめんのやうな感じの素朴なちりめん。はんてんか上つぱりにし度いやうな細い縞が藍色がゝつたサラサ模様であつたやうです。
 私の三歳、五歳の祝ひ着は今の芝居のうちかけで見るやうな花蝶総縫ひのちりめんに下着を赤のゑぼしちりめんといふので重ねてありました。しぼ[#「しぼ」に傍点]がゑぼしの折りのやうに高く立つてゐるからゑぼしちりめんなのださうです。
 あついた[#「あついた」に傍点]ちりめんといふのは私の女学校時代の学期の合間に着せられる着物についた帯地のちりめんで
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