樂しつゝ、しばらくつぶつてゐた眼を開くと、門内の前庭に焔を洗つたやうなカンナの花瓣が思ふさまその幅廣の舌を吐いてゐた。餘り突然目の前に現れたので、そのカンナの群は私の方へ生きて歩いて來るかと思つた。あまつさへ、粒太の雨滴をさんらんと冠つてその生彩が私の息をひかしめた。
カンナ[#「カンナ」に傍点]から七歩も離れてゐる窓が開いた。ひつそりとした小さな紙障子の窓である。開いた紙障子の方から現はれた顏はチヨコレート色の目鼻立の正しい印度《インド》人の男の顏であつた。私は自然その顏と直面した、私はあわててその顏へ一つお辭儀をした。そして後をも見ずに門を離れて道へ出た。雨はやんで、晴れ上つた青空の奧に、私は今窓に現はれた印度人が正しく前へ向けて開いてゐたかんらん[#「かんらん」に傍点]色の瞳の色が光つて居るのを見つゝ歩いた。
○
黄色い小菊の花が一つ路上に棄てゝある――。否、小雨にぬれた山まゆの繭。
○
震災の年の秋には雨が多かつたやうに覺えてゐる。衣類を失つた人々が秋が更けても白地の單衣の重ね着の袖を雨にしめらせながら街を歩いてゐた。わびしいあはれな光
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