と思ひながらはづしそびれてゐた。
初秋の薄ら冷たさも身に泌みなれた九月下旬の或日の夕方、いよ/\それを取はづさうとして手をかけた。
裏庭に面した西向の窓である。窓は高いので私は背のびをした。水色絹の簾の縁がしつとりと濡れて居り、簾の生地の竹の手觸りの冷え/″\しさに、目をとめて見れば、いつの程よりか外には時雨のやうに冷い細雨がしとしとと降つて居たのである。
○
今迄かつと[#「かつと」に傍点]照り渡つてゐた初秋の空に僅か飛行船程の暗雲が浮んだ。と見る間に箒ではきかけるやうなあわただしい雨、私があわてゝ逃げ込んだのは、山の手のと[#「と」に傍点]ある崖際の家の歌舞伎門であつた。ほつと[#「ほつと」に傍点]してその柱にとりすがると心がしん[#「しん」に傍点]とする程門の柱は落ちついて居た。前の道を通る人もないので、私は安心してその柱によりかゝつた。駈けこんだ時のはづんだ息が靜まると、門のさゝやかな板葺屋根に尚ぱら/\とあたる雨の音が聞える。――立騷いだ後の和やかに沈んだ官能(耳)が一層澄んでそのさわやかな雨滴の音が頭の底まで泌みるやうな冷快な感じがして來た。それを享
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