した。
おとうさんもおかあさんも、今度一族が出発して来た田舎《いなか》の人ではありませんでした。実は今夜一晩保養の為に優勝の地として名高い此《こ》の湖畔で楽しいくつろぎをしてから更に明日出向いて行かうとする都の生れの人達なのでありました。
都でもと生れた人が百五十里もの遠い田舎の人となり、其処《そこ》でむすことむすめを設け、土着の住民となつたからとてそれが別に大して珍らしいことでもむづかしいわけのものでもありません。けれど、このおとうさんと、おかあさんがさうなつた径路についてはそこにほかの人並とは違つた事情があつたのであります。
知る人ぞ知る。とでも云ひ度《た》いところですが、さすがに百五十里はなれれば、そしてこのおとうさんやおかあさんのやうに自然すぎるほど落ついて土着して仕舞《しま》へば実際、あやしむ人はおろか、当のおとうさんおかあさん自身でさへ殆《ほとん》ど自分達の前身は忘れはてたやうなものでした。おそらく田舎《いなか》暮らし何年間を他人事のやうに昔を思ひ隔てて仕舞つて居たにちがひありません。
昔四十何年か前に、おとうさんとおかあさんは非常に仲好しの女友達同志を母親とし
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