たへて居ることは、却つて追々人目にも怪しまれる、随《したが》つて母親達を辛《つら》い立場に立たせるやうにならうもはかられぬ。で、二人は母親達に極々安心の行くやう言葉の順序をつくした書き置きをしたため、都をあとにあてもなく落ちて行つたのです。むろんおとうさんとおかあさんが住みつく田舎《いなか》へ着く迄にはいくばくかの月日も経《へ》、その間に完全な男女に二人の性を還元させる外貌《がいぼう》姿態に二人が自分達自身を、変らせて居たのは云ふまでもありません。そしてこの二人が、いつごろ何処《どこ》で夫婦の約《ちぎり》を云ひ交したか……それも水の低きにつくごとく極めて自然な落着として今さらせんぎ[#「せんぎ」に傍点]の必要もありませんでせう。二人が都を出る時は、別に二人の間に男女の感情が動いてゐたわけではなかつたのですが。
 さて、此度《このたび》、都へと、一家|揃《そろ》つての旅ですが、これは或ひは一家にとつて単なる旅では無くなるかもしれません。おとうさんもおかあさんも再生の喜びが力となつて、村では勤勉な良民の模範となりお金ももう贅沢《ぜいたく》せずなら都でも暮らして行ける位ゐな貯へになりました。
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