りませんでせうから。ですから具体的な人物でなくとも、草か木か鳥獣か花かで、この物語の読後の気持を現はして下さつても宜《よ》いのです。といつて私がこれ以上くどく画家さんに指図をしなくてもそれはその道の技量敏感で、どうしてでも筋や真実真味のけはひ[#「けはひ」に傍点]を現はして下さるでせうから、私は私の物語に遠慮なくは入《い》らして頂きませう。
季節は秋です。夕方すこし烈《はげ》しかつた風もすつかり落ちて、草木のけはひが風にもまれなかつた前の静《しずか》なたゝずまひに返り、月が、余り明る過ぎない程の明るさで宵の山の端にかかりました。ホテルの窓からはほんの湖水の一端しか見えませんが、その一端の澄み上つた爽《さわや》かさが広い全面の玲朗《れいろう》さを充分に想はせる効果をもつて四人の健康な清麗な親子の瞳に沁《し》み入りました。そして、今、給仕人が引下げて行つたばかりの晩餐《ばんさん》の幾つもの皿には、その湖水でとれた新らしい香の高い魚類が料理されてあつたのです。それらの皿と入れ違ひに、附近の山でとれたといふ採りたての無花果《いちじく》の実が、はじけ相《そう》な熟した果肉を漸《ようや》く圧《お
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