秋の七草に添へて
岡本かの子

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)許《ばか》り

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(例)[#地付き]

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)ほと/\
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 萩、刈萱、葛、撫子、女郎花、藤袴、朝顔。
 これ等の七種の草花が秋の七草と呼ばれてゐる。この七草の種類は万葉集の山上憶良の次の歌二首からいひ倣されて来たと伝へる。

  秋の野に咲きたる花を指折りかき数ふれば七種の花
  萩の花尾花葛花なでしこの女郎花また藤袴朝顔の花

 朝顔が秋草の中に数へられると言へば、私達にとつて一寸意外な気がする。早いのは七月の声を聞くと同時に花屋の店頭に清艶な姿を並べ、七月の末ともなれば素人作りのものでも花をつける朝顔を、私達は夏の花と許《ばか》り考へ勝ちである。尤《もつと》も朝顔は立秋を過ぎて九月の中頃まで咲き続けるのだから、秋草の中に数へられるのもよいであらうが、特に真夏の夕暮時、朝顔棚に並ぶ鉢々に水を遣りながら、大きくふくらんだ蕾《つぼみ》を数へ、明日の朝はいくつ花が咲くと楽しい期待を持ち、翌朝になつて先づ朝顔棚に眼をやり、濃淡色とりどりの大輪が朝露を一ぱいに含んで咲き揃つてゐる清々しさに私達は一入《ひとしお》早暁の涼味を覚える。ある貧しい母のない娘が背戸に朝顔を造り、夕に灯をつけてその蕾を数へ、あしたは絞りの着物が三つ、紺のが一つ仕立つと微笑んだのをいぢらしく見たことがある。だが、秋の七草に含まれる朝顔は夏の朝咲くいはゆる朝顔――これを古字にすれば牽牛子又は蕣花と書く――ばかりではなく、木槿《むくげ》と桔梗をも総称してのものである。さういへば木槿も桔梗も牽牛子と同じやうに花の形が漏斗《じようご》の形をしてゐる。
 七草は野生の植物で、花の色は女郎花の黄を除いてみな紫か紫系統である。秋の野花のいろは総じて紫か黄、白で、精々華やかなものでは淡紅色がある。いづれも夏草に見る情熱の奔騰する激しさはなく、近寄つて見なければその存在さへもはつきりしないほどに慎ましく控え目である。秋は森羅万象が静寂の中に沈潜してゐる。空は底深く澄み、太陽は冷めて黄ばみ、木の葉は薄く色づく、野末を渉る風さへも足音を秘めて忍び寄る。かゝる自然の環境の中に咲く秋草もまた自ら周囲に同化するのであ
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