過程の微妙な音のひびきは続けて置きたかつた。突き詰めて行くこころを程よく牽制《けんせい》してなめらかに流して呉《く》れる伴奏であるやうに思へた。彼は耳を傾けたが、風はもう吹きやんで、外はぴりぴりする寒さが、寺の堂も山門も林をも、腰から下だけ痺《しび》らせつつあるのを感じた==京は薄情な寒さぢや。と彼はここでひと言、ひとりごとをいつた。彼は元通りきちんと坐《すわ》つて、考への緒口《いとぐち》に前の考への糸尻《いとじり》を結びつけた。――愛しても得られず、憎んでも得られず、勝負によつて得られず、ただ物事を突きつめて行く執念のねばりにだけ、その欲情は充《み》たされたのだつた。だが、この世の中にそれほど打ち込んで行けるほどのものがあるだらうか。いくら執念のねばりを愛する欲情であるといつて、むやみに物を追ひ、獅噛《しが》みついて行くわけには行かなかつた。魅力といふものが必要だつた。そして魅力の強いものほど飽きが来た。飽きが来なければ、むかうが変つた。
生母には四つの歳に死に訣《わか》れた。曾根崎の茶屋の娘だつた。場所柄美しくない女ではなかつたらうけれども、誰も父の名を明かして呉《く》れないとこ
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