あつたのを、出世したから堪《たま》らない。すつかり身体をこはし、せん頃久しぶりに見舞つたら、樽詰《たるづ》めの不如法のさらし者を見るやうに衰弱して居た。しかも、それで居ながら酒の肴《さかな》は豆腐か、つくしにかぎるなどと、まだ食気のことを云つて居た。岸駒が俗慾の奢《おご》りを極め、贅沢《ぜいたく》な普請をして同功館などと大そうもない名をつけたのも癪に触つた。絵は、書典と功が同じである、それで画屋は同功館であるといふいはれださうだ。変なつけ上り方をすればするものだ。
かういふ不平を続けて込み上らせて来ると秋成は、骨格の太さに似合はず少量な血が程よく身体を循環して、ぽつと心に春めくものを覚えるのだつた。眼瞼《がんけん》がぴくぴく痙攣《けいれん》するのも一つの張合ひになつて来た。湯鑵の湯はすつかり沸き切つて、むやみにぐらぐらひつくりかへつてゐるが彼はかまはなかつた。それよりもこの場合、肉体的に何か鋭い刺戟《しげき》を受けて興奮した、いまの気持を照応せしめたかつた。そこで湯鑵の熱い膚《はだ》に指の先きを突きつけた。痛熱い触覚が、やや痺《しび》れてゐる左の手の指先きに噛《か》みつくと、いはうや
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