の下に、愉快に自分の罵言《ばげん》も聴き、寛容も秋成に示せた。もう誰も、秋成に向つて真理に刺されて飛上る苦痛の表情も反抗する激怒の態度も見せて呉《く》れるものは無くなつた。垂れ幕のやうな、にやにやした笑ひだけが、自分の周囲を取巻いた。秋成は、的が無くなつて、空《むな》しい矢を射る自分の疲労に堪へられなくなつた。
彼等はその上、自分に深切さへ見せ出して自分の文集を編み出した。誰にも、手をつけさせなかつた草稿を入れて置く机のわきの藤簍《つづら》かごを掻廻《かきまわ》したり、人のところから勝手に詠草《えいそう》を取り寄せたりして版に彫つた。家鴨《あひる》は醜くとも卵だけは食へると思つたのかも知れない。自分が何か註文をいひ出すと==こどもに返つたのを忘れては困る。遊んで遊んで。と肘《ひじ》ではねた。これらの草稿は、やつぱり、自分のかねての決心どほり、自分の柩《ひつぎ》と一しよに寺に納めて後世を待つべきものではなかつたかしらん。人に※[#「てへん+宛」、第3水準1−84−80]《も》ぎとられて育つたやうな冊子でも出来て見れば、可愛《かわ》ゆくないことはない。それだけにまた、人に勝手にされたいまいましい気持も、添ふが。
夜も更け沈んだらしい。だみ声で耳の根に叩《たた》きつけるやうな南禅寺の鐘、すこし離れて追ひ迫る智恩院の鐘、遠くに並んできれいに澄む清水《きよみず》、長楽寺の鐘。寒さはいつの間にかすこしゆるんで、のろい檐《ひさし》の点滴の音が、をちこちで鳴き出した梟《ふくろう》の声の鳴き尻を叩《たた》いてゐる。雨ではない。靄《もや》だ。それが戸の隙間《すきま》から見えぬやうに忍び込んで行燈《あんどん》の紙をしめらしてゐる。湯鑵の水はすつかりなくなつて、ついでに火鉢の火の気も淡くなつてゐる。
秋成は、尽きぬ思ひ出にすつかり焦立《いらだ》たさせられ、納《おさま》りかねる気持に引かへ、夜半過ぎて長閑《のどか》な淀《よど》みさへ示して来たあたりの闇の静けさに、舌打ちした。==なにが、この俺がこどもに帰つた翁《おきな》か。求めるこころも愛憎も、人に負けまい、勝負のこころも、みんな生殺《なまごろ》しのままで残されてゐるではないか。身体が、周囲が、もう、それをさせなくなつてしまつたまでだ。もしそれをさせるなら俺は右の手にも左にもちび筆を引握つて、この物恋ふこころ、説き伏せ度《た》い願ひを
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