か紫紅の焔のやうな花の群がりの向う側に一人の少女が立つて居た。
 君助はあつと心に叫んで驚いた。それが幻ではあるまいかと疑つて、自分の眼を瞬いた。
 少女はやゝ黄味がかつた銘仙の矢絣《やがすり》の着物を着てゐた。襟も袖口も帯も鴾色《ときいろ》をつけて、同じく鴾色の覗く八つ口へ白い両手を突込んで佇《た》つてゐた。憂ひが滴りさうなので蒼白い顔は却つてみづ/\しい。睫毛の長い煙つたやうな眼でじつと芍薬を見つめてゐた。
「お嬢さん! あなたはどちらのお子?」
 君助は思はず訊いてしまつた。そして何といふ美しい娘だらうと険しくなる程無遠慮な眼ざしで瞠つた。
 少女はまるで相手に関はぬ態度で、しかし、身体つきをちよつとかしげた顔に生れつき自然に持つ媚態とでもいつた和《なご》みを示し、ふくよかに答へた。
「あたくし、あすこのうちの者よ」
 少女の指した神祠の茂みの蔭に、地方の豪家らしい邸宅の構へがほんの僅か覗いてゐた。
「おいくつ?」
「十六」
「名前は」
「釆女子《うねめこ》」
 問答は必要なことを応答するやうな緊密さで拍子よく運んだ。君助はこの幻のやうな美少女が現実の世界のものであることをやゝは
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