の全部はあてにならないにしても、これと古今、後撰などと照し合せて小町の歌らしいものを捕捉することが出来た。
 ときには、男を揶揄するほどぴんとして気嵩なところがあり、ときには哀切胸も張り裂ける想ひが溢れ、それでゐて派手で濃密である。小町の美女としての人格がこれ等の歌の綜合感から出発してゐることを君助は初めて知つた。
 研究の副産物として小町もときには恋愛し、ときには恋人に疎んぜられ恨みをのんだらしい形跡をも君助は見出した。従つて生涯無垢だといはれる巷間の噂話も、打消されるわけだが、なぜかこゝまで来ると彼の鋭い考察のメスはぴたりと止つた。そして頭を振つて言つた。
「小町は無垢の女だ。一生艶美な童女で暮した女だ」
 友人はこれを聴いて、君助は孤独の寂しさから、少女|病《マニア》にかかつて、どの女も処女だと思ひ込むのだといつたが、君助はそれでもいゝ、結局男の望む理想の女はさうした女なのだと言ひ放つた。
 書斎の研究はこの辺で一まづ打切つて、丁度季節も暖になつたので、君助は夢を事実に追ふやうな事蹟踏査に出たのであつた。
 君助がゆつくり空やまはりの景色を見廻した眼を再び芍薬に戻すと、いつの間に
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