つきり感じて来た。彼は渇いたものが癒されたときの深い満足の溜息を一つしてから
「学校へは行かないのですか」
「東京の学校へ行つてましたが、あんまり目立ち過ぎるつて、家へ帰されましたの。つまんないつてないの」
つまんないと云ふ少女の失望の表情が君助まで苦しめて、彼は怒を覚えて詰《なじ》るやうに訊いた。
「目立ち過ぎるつて、何が目立ち過ぎるんです?」
少女は、くつくと笑つた。
「いへないわ」
君助はもうこの時、直感するものがあつて言ひ放つた。
「あなたがあんまり美しいので、学校でいろ/\な問題が起つて困る。それで帰されたのでせう」
すると少女はもう悪びれずに答へた。
「をぢさま、よくご存じでいらつしやるわ」
陽は琥珀色に輝いて、微風の中にゆらぐ芍薬と少女は、閃めいて浮き上りさうになつた。少女はもう何事も諦め、気を更《か》へて、運命の浪の水沫を戯《もてあそ》ぶ無邪気な妖女神《ニンフ》のやうな顔つきになつてゐる。しなやかな指さきで芍薬の蕾の群れを分け、なかで咲き切つた花の茎を漁り、それを撮《つま》まうとしながら少女は言つた。
「をぢさま、この土地の伝説をご存じない?」
「知りません」
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