たのであった。自分の脈打つ手首の動脈を切って、そっと死んでしまおうといよいよ政枝が決心したのは二三日前からである。その自殺も失敗に終ってしまうと、急にまた誰かに取り縋《すが》って一時の痛みや苦しみから遁《のが》れて息がつきたかった。叔母が「お前一人死なさない」と云った言葉が今まで愛し続けて呉れたいろいろの場面を一度に政枝の意識や感覚全部に蘇らせた。「うちには子供が無さそうだから、あんたをうちの子にして来年から女学校へ上げてあげますよ」そう云って優しく背中を撫でて呉れた叔母の手。受験準備の参考書をわざわざ一緒に神田まで買いに行って呉れたり、活動に芝居に誘って呉れた叔母の心遣いなど政枝は一度に思い出した。すると政枝は急にしゃくり上げて仕舞った。「生きたい、たとえいっときでも今一度丈夫になりたい」そうして陰性な母よりも、貧乏で利己主義な父よりも、無性格のように弱い姉よりもずっと頼母《たのも》しく自分を愛して呉れる叔母の愛撫《あいぶ》のなかで今一度少女の幸福を味わってから死んで行き度い。こういう気持ちが政枝の心に強く蘇った。
政枝は日当りの良い八畳の二階に寝ていた。顔は高熱に上気して桃色に燃
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