上に坐ったまま、歯を喰いしばり、身をかがめ、頻《しき》りに父親の手を振り離そうと争っている。若い医師は政枝が必死になって手当を拒み続けるので困り果てて、車夫に看護婦をつれて来るよう言いつけた。
「まあ、政枝さん、どうしたというの。しっかりしなくちゃ駄目じゃないの」
隣町の婚家先から駈けつけて来た多可子は二階に昇るなり政枝の右肩を掴《つか》み、優しくゆすって叱った。不断優しい多可子が突然の驚きと、政枝を救いたい一心とで絞り出した癇高な鋭い声が、逆上した政枝の耳にも強く響いた。政枝は自分で自由にならないほど硬直した頸をやっと捻《ね》じ向けて、叔母の顔を恨めしそうに見上げた。それを見ると多可子は更に勢づいて、
「さあ、早く先生のお手当を受けるんです」
とせき立てた。
政枝の舌はもつれて硬ばっていた。
「どうせ癒《なお》らない病気――死なせて――邪魔しないで……」
政枝はやっとこれだけ云うとまたしても父親の手から自分の左手首を引き離そうともがき始めた。多可子は政枝が自分の病気を死病だと思い決めている以上、それに逆らって説き伏せることは無理だと覚った。そして別な言葉でするどく叱った。
「
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