雜煮
岡本かの子

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【テキスト中に現れる記号について】

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(例)[#「すまし」に傍点]
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 維新前江戸、諸大名の御用商人であつた私の實家は、維新後東京近郊の地主と變つたのちまでも、まへの遺風を墨守して居る部分があつた。
 いろは順で幾十戸前が建て列ねた藏々をあづかる多くの番頭、その下の小僧、はした、また奧女中の百人近い使用人へ臨んだ主人としての態度は、今でも東京の下町の問屋あたりの老主人がかたく墨守して居るそれと變りはなかつた。正月の雜煮を當代の主人も今の召使達と一つ大釜から盛つて据えられた。主人はその膳の前に紋付の羽織の襟を正しうやうやしく座つて白木の箸を取り上げた。長坊も長孃も、次男も末娘もそれに添つて居並び主人の父親の通りにした。雜煮は中位な四角の餅の燒いたのを大根、里芋、小松菜を浮かべたすまし[#「すまし」に傍点]汁のなかへ浸したものである。あつさりとしたこの味が幼い時から舌にならされてしまつた。私達は二の膳につく鯛の吸ひものを閑却して、この雜煮を幾椀も換へた。お椀はたしか主人達だけ光琳の繪模樣のある大きな雜煮椀
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