だつたと覺えて居る。
後年、市中に嫁いでからも、私はこの雜煮を年毎に欲しがつた。この家の主人の生家は都會であつても關西の或藩から出た祖先からのならはしは、鴫雜煮、或ひは白味噌雜煮であつた。前者は私に生嗅かつた。後者は私にしつこかつた。強性[#「性」にママの注記]な私が勝つて主人は苦笑しながら私の欲しがるその雜煮を喰べた。やがて主人もすつかりそれに馴れた。幾年かたつた或年の暮れであつた。私達の家に山陰の名門に育てられた男の兒兄弟が預けられた。丁度學校が休みになつたので、暮れのうちから兄弟は賑かに正月の趣向を語り合つて居た。
『そんな雜煮はつまらないなあ。』
兄弟達は私の雜煮をくさす[#「くさす」に傍点]のだつた。兄弟達は私の不服を淡白な笑ひに紛らしてしまひ、結局、山陰雜煮なるものを私達の家庭に紹介しやふと云ふのである。
大晦の晩に、山陰道の家から、兄弟達の云つて遣つた丸餅が、蜜柑箱に一ぱい詰まつて屆いた。一つ一つ出して見ると、大きな蜜柑程にかためて浮き粉をふつたものである。練つて練り拔いて眞綿の密精の樣な粘着力と艷を持ち、味はただ燒いたくらゐで喰べるとあまりに濃やかに過ぎるのであつ
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