た。が、雜煮へは釜の湯で茹でて用ひるのであつた。質の好い鰹ぶしを濃かにかいて煮だし汁をとり、それよりもなほ一層濃やかに細い花瓣を盛つた樣にかき重ねた鰹魚ぶしをその煮だし汁に一つまんまるく落した餅の上に積む。行儀よく揃えた芹か小松菜の青味に絹糸の樣に細く打つた燒玉子の黄味としやつきりした照の好い蒲鉾の白味を添える。視た眼も舌の味ひも、あつさりと品のよい、みやびやかで、どこか鄙びた珍らしい雜煮の椀を手にとりあげた。山陰道の優雅な野趣が眼に浮んで來た。澄んで居ても重く湛えた水、山々が松のみどりを押畫のやうに厚く疊んだ素朴なしかも濃艷な風景を思ひ浮べた。
男の兒の兄は瀟洒とした明るい寂しい風貌を備え弟はやや鈍角なる短面に温和と鋭氣をただよはす。二人とも馴れても決して狎れぬ程度の親しみがさすが名門の育ちを見せて奥床しい。その年の元日の朝陽はさはやかであつた。障子を隈なく明け放した座敷に悠々と流れ入つた朝陽の色が疊一ぱいに擴がつて床の大花瓶に插されてあつた眞赤な南天の實が冴え冴えと一粒一粒ひかつた。
底本:「日本の名随筆17 春」作品社
1984(昭和59)年3月25日第1刷発行
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