下げ]
阿闍梨(嘆息)『蓮如どのは、よい信徒を持たれた。うらやましいことである。(源右衛門をみつめて小間。)これ源右衛門とやら、親鸞の影像は直ちにそちに渡して取らす。大事に護《まも》り戻って山科坊へ安置いたせ』
源右衛門『え、え、すりゃ、私奴にお返し下さりまするか。……でも御入用の今一つのこの首は』
阿闍梨(不憫の声音にて)『決して、いらぬ』
源右衛門『それは、まことでござりまするか』
阿闍梨『偽を申そうか。それ寺の衆。影像を持って来て此の者に取らせよ』
法師五六人『はい』(門内へ入る)
阿闍梨『今更言うても由ないことだが、首二つの引換え料とは、ありゃ此の方の切ない苦肉の親切から、出来ぬ難題を持ちかけ、今暫らく影像を、此の方に預って置くつもりじゃった』
源右衛門『はて、親切とおっしゃりますと』
阿闍梨『蓮如どのは永の流浪《るろう》。たとえ北国辺土は教え靡《なび》くとも、都近くは留守の間の荒土。然るに叡山の西塔慶純の末流も、まだ居ることなれば、たとえ山科坊建立あるとも、いつ如何なる折を見付けて再び乱入なさんも知れず。その理由言うて聞かして親鸞影像を、なお暫らく三井寺方へ預り置かんとすれど
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