も晴れて夫婦にしてやってから、お役に立てて下さりませ』(泣く)
源右衛門(同じく泣きながら)『辛《つら》い娑婆《しゃば》とは、容易《たやす》く口では言っては居たが、斯くまで辛いと知るは今が始めて。これにつけても期するところは弥陀の浄土。いずれ彼方で待ち合すとしよう。ぐずぐずしているうち心がにぶろうも知れぬ。では、いつとは言わずに直ぐに今から、伜《せがれ》を連れに山科へ出かけるとしようかい』
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(源右衛門行きかける。おさき留める)
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おさき『行きなさるなら門出の仕度。此の世のお礼やら、あの世のお頼みやら、仏様にお燈明《とうみょう》なとあかあかあげて、親子夫婦が訣れのお念仏唱えさせて頂きましょう』
源右衛門『よいところへ気が付いた』
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(二人で仏壇の扉を開け、礼拝の支度)
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     舞台半転

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(源右衛門宅の裏の浜辺。源右衛門の家の背戸は、葉の落ちた野茨《のいばら》、合歓木《ねむのき》、うつぎなどの枝木で殆んど覆われている。家
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