その儘《まま》聴いて泣寝入りとは、どうしてもわしには考えられんのだ』
おさき『わたしにも、そう思われます』
源右衛門『すれば、誰かしらの血を見ることじゃ』
おさき『おお、誰かしらの………』
源右衛門『なあ、おさき』
おさき『はい』
源右衛門『おまえと夫婦で暮したのも三十年あまり。不仕合せなおまえでもなかったと思うが』
おさき『よう判っておりまする。これも仏さまのお蔭、あなたのお蔭。あらためてお礼を申《もうし》ます。わたしに異存はございません。どうぞ思い立った通りにして下さいませ』
源右衛門『すれば、このわしの首をわしの思いの儘に使ってもいいというのか』
おさき『御報恩の為め、また人々の為め』
源右衛門『承知して呉れて、先ずは安心。ところでもう一つの首じゃ』
おさき(顔を押えて)『おお、どうぞ、それを口に言うては下さりますな。それをこの耳に聴いたなら、わたしは息も絶え果ててしまいます。ただ黙って何事も、御宗旨の為め、人々の為めと、わたしに諦めさせて置いて下さりませ。然し二十を過ぎてまだ間も無い若者。そして源兵衛は、あの利発な美しいおくみ坊と兼ね兼ね深く思い合うた仲。二人をどうぞ一時なりと
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