現すのみか、本願を悦《よろこ》ぶ貌もあり、ずんと当流|易行《いぎょう》の道に適《かな》うことである。迚《とて》ものことにそう唱えしゃっしゃれ』
おくみ『「忘れられぬぞあのことを」でござりまするか。「忘れられぬぞあのことを」でござりまするか。なんじゃ知らぬけれど、わたくしどもには一そ尊いように感じられます。お上人さまの御証明を得たからには、もう安心いたしました。では、これを土産《みやげ》に勇んで御主家へ戻ります。では御機嫌よう。お上人さま』
蓮如『まあ待ちやれ、おくみ、そなた何ぞ、も一つ忘れたものはありはせんかの』
おくみ『はて、忘れたものとは』
蓮如『さあ忘れたものとは』
おくみ『何のことでございます』
蓮如『そなたに取ってあの世の往生は定まった。然し此の世でいっち慕わしいお人に逢わんで往んでも大事ないか』
おくみ『あれ、御慈悲の有難さに源兵衛さんのことは、いつの間にやら忘れていた。だが思い出してみると、こりゃどうしても源兵衛さんに逢わなくては……お上人さまも罪なお方でいらせられます』(再び恥かし気な様子)
蓮如『源兵衛はやがて御堂へ来る手筈《てはず》で、此の道を来ることになっている。
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