駈けつけて、お上人さまにお訴え申し、お上人さまともども急いで駈けつけたが』(泣く)
蓮如(駕籠《かご》より降り)『時遅れしか、残念、残念』
源右衛門『嫁女、歎くまいぞ。そなたが抱いておるは、そりゃ源兵衛の抜け殻。魂は移って、これ、此処に在《おわ》します』(顎にて背中の影像を示す)
おくみ(袖の首を抱えたまま、影像に取りついて)『身を捨てても、人を救うとは仏のお誓い。その誓いの通りなさんした、源兵衛さんは、凡夫でいながら聖《ひじり》も同然。見れば開山聖人さまの御影像も泣いていやしゃります。源兵衛さんは本望であろうわいなあ。わたしゃもう、歎きも、哀しみもいたしますまい。(首にものいう如く)期するところは極楽浄土。一つ台《うてな》で花嫁花婿。のう、こちの人、※[#歌記号、1−3−28]忘れまいぞえあのことを。いや、※[#歌記号、1−3−28]忘れられぬぞあのことを。※[#歌記号、1−3−28]忘れられぬぞあのことを』(唱えつつ首の包みに額を押しあて泣きむせぶ。舞台一同のものも落涙)
蓮如『時は末法、機は浅劣。聖道永く閉じ果てて、救いの術はただ信心。他力易行と教えて来たが、思いに勝《ま》さる事実の応験。愛慾泥裏の誑惑《きょうわく》の男と女がそのままに、登る仏果の安養浄土、恐ろしき法力ではあるなあ。この上は源兵衛に続いてわが身も一しお、老いの山坂|厭《いと》いなく、衆生済度《しゅじょうさいど》に馳せ向わん。有難し、忝《かたじけ》なし、源右衛門。源兵衛。(合掌しつつ和歌を口ずさむ)
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あひがたき教へを受けて渇仰《かつがう》の、
かうべはこゝに残りこそすれ』
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(衆僧経の諷誦《ふうじゅ》の声にて、舞台一同合掌礼拝。)
[#ここで字下げ終わり]
[#地から3字上げ]――幕――
底本:「岡本かの子全集2」ちくま文庫、筑摩書房
1994(平成6)年2月24日第1刷発行
底本の親本:「岡本かの子全集 第一卷」冬樹社
1974(昭和49)年9月15日初版第1刷
初出:「大法輪」
1934(昭和9)年11月号
入力:門田裕志
校正:オサムラヒロ
2008年10月15日作成
青空文庫作成ファイル:
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