く掘られた空堀、築きがけの土塀、それを越して檜皮葺《ひわだぶ》きの御影堂の棟が見える。新築の生々しい木肌は周りの景色から浮き出ている感じ。柱五十余木を費し、乱国にしては相当な構えの建築物の棟である。花道から舞台を通って御影堂の塀横に行きつく道は造営の材料を運ぶ為めに新しく造ったもので、里道よりはやや広く、路面に人々の踏み乱らした足跡、車の轍《わだち》の跡が狼藉《ろうぜき》としている。使い残りの小材木や根太石《ねだいし》も其《そ》の辺に積み重ねられている。遠景、渋谷越の山峰は日暮れの逆光線に黝《くろず》んでいる。)
開幕。土地の信徒で工事手伝いの男女の一群上手よりどやどやと出て来て舞台の下手へ入る。中の三四人、序に運んで来た材木切れをそこに置き、身体の埃を打ち叩き、着物をかい繕《つく》ろいなどしつつ作業を仕舞ったしこなし。
[#ここで字下げ終わり]

[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
信徒一『や、これでまあ御影堂の仕事もすっかり終った。明日からは土塀の方の手が足らんちゅうから、あちらの手伝いに廻ったろかい』
信徒二『そやそや。何でも手の足らん箇所を見付け次第、そこへかぶりついて是が非でも此《こ》の月末の親鸞さま御正忌会のお※[#「二点しんにょう+台」、第3水準1−92−53]夜《たいや》までには美んごと拵《こしら》え上げにゃ、わてらの男が立たん』
信徒三『わてらの男なぞどうでもええ。御門徒衆、一統の男さえ立てばええわい』
信徒二『そりゃまあそうや。御門徒衆一統の男さえ立てばええ。わしもその中の一人やからな。だが、なんしい十年まえ大谷の御廟所を比叡山の大衆に焼き払われてから、大将株のお上人さまは加賀、越前と辺海の御苦労。悪う言えば田舎廻りや。それがようよう時節がめぐって来て、都近くの此の山科にお堂の再建。こりゃ門徒一同のずんと男が立つわけじゃ』
信徒四『お堂が斯《こ》う立派に出来てみると、早く中身の親鸞さまの御影像もお迎え申し、据わるところに据わって頂かんことにゃ、何となく落付きが悪い。仏造って魂入れずと言うこともあるからなあ』
信徒一『そりゃわいどもより、御先祖孝行のお上人さまの方がどのくらいそれを望んで居らりょうか知れん。それで十年前に北国へお立退きの際、お預けなされた三井寺の方へ此の間じゅうからさいさい掛合われなされたけれど、一向取戻しは埒《らち》明か
前へ 次へ
全18ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 かの子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング