みをして居ったところでござりました。三井寺方の申条によれば、門徒宗の方に於《おい》て開山聖人さまの御影像を取戻し度《た》くば、生首二つ持参いたせ。それと引換えに渡してやろうと、かような返事との噂を聞きました。お上人さま、そりゃ本当でござりますか』
蓮如『すでに存じておる以上隠し立てもなるまい。三井寺方の返事は全くその通りじゃ』
源右衛門『まさかと思って聴き居りましたに、では本当でござりまするか。如何に乱れた世の中とは言いながら、引換えの料《りょう》に人の生首。こりゃ無理難題を言いかけて御影像を返さぬつもりとしか受取れませぬ』
おさき『出家ともあるものが、人の生首を所望とは、悪魔の所為としか思われませぬ』
蓮如『これには何か仔細のあることであろう。それに就いて源右衛門、そちに頼みがあるが是非聴いては呉れまいか』
源右衛門『数ならぬ御同行の端くれの私|奴《め》へ、お上人さま直々のお頼み、なんで否応を申しましょう。…………然しお情深いお上人さまのそのお口からこの御註文は、ちと仰《おっ》しゃり憎くはござりませぬか。代りにこの私奴から申上げて見ましょうか』
蓮如『ほほう。何と推察せられたか、まあ、言うて見やれ』
源右衛門(あたりを見廻し、少し乗出し、小声になって)『お上人さま、そのお頼みとは、三井寺へ引換えの料の生首二つ、この私奴に調《ととの》えて欲しいと仰しゃるのでございましょう』
蓮如(驚いて手をさし延べ)『源右衛門。必ず早合点をしてはならぬぞ。わしは生首を調達しようとするような若《も》しそういう不心得ものも此のあたりにあらば、そちに留めて呉れいと、留め役を言い付けに来たのだ。滅相もない』
源右衛門(妙な顔して)『なに。留め役でござりますると』
おさき『開山聖人さま御正忌《ごしょうき》会のお※[#「二点しんにょう+台」、第3水準1−92−53]夜《たいや》も近々。御影堂は立派にお出来申したのに、お中身の開山聖人さまのあの御影像が無くて御報恩講が勤まりましょうか。お上人さま始め御門徒衆御一同、数ならぬ私どもまで他宗に対してどうして顔が立ちましょうか』
蓮如『名誉、不名誉は言ってはいられぬ。人の命が大事じゃ。憐れみ深い開山聖人さまが、それ程までして取戻せとも仰《おお》せあるまい。御影像取戻しに就いてはまた折れ合う時節もあろう。此の際、三井寺方の申条に対し瞋恚《しんい》を抱き、
前へ 次へ
全18ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 かの子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング