さやぐからに出《い》でて見ればしんと桜が咲き居《ゐ》たるかも

塔《たふ》の沢のいかもの店に女唐《めたう》停《た》ちその向《むか》つ峰《を》の桜花《はな》盛りなり

いかものを女唐買ひたりその女唐箱根の桜花《はな》の下みちを行く

わがままはやめなとぞおもへしかはあれ春さり来れば桜さきけり

桜花《はな》の山は淡墨《うすずみ》いろに暮れにけり大烏《おほがらす》一羽ひつそり帰る

大暴風《おほあらし》うすずみ色の生壁《なまかべ》にさくら許多《ここだ》くたたきつけたり

ここにして桜|並木《なみき》はつきにけり遠浪《とほなみ》の音かそかにはする

桜花《はな》の山はうしろに高し見はるかす淡墨いろのたそがれの海

いそがはしく吾《われ》を育ててわが母や長閑《のど》に桜も見で逝《ゆ》きませしか

十年《ととせ》まへの狂院《きやうゐん》のさくら狂人《きちがひ》のわれが見にける狂院のさくら

狂人のわれが見にける十年まへの真赤きさくら真黒きさくら

狂人《きちがひ》よ狂人《きちがひ》よとてはやされき桜花《さくら》や云《い》ひし人間《ひと》や笑ひし

ふたたびは見る春|無《な》けむ狂人《きちがひ》の
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