くら》見てありとわれに驚く
わが婢《はした》なにおもふらむ廚辺《くりやべ》の桜花《はな》の樹《こ》のもとにあちらむき停《た》てり
この朝の桜花《はな》の樹《こ》のもと小心の与作《よさく》ものつ[#「のつ」に傍点]と歩み出でたり
わが幼稚《をさな》さひたはづかしし立ち優《まさ》り咲き揃《そろ》ひたる春花《はるはな》なれや
咲きこもる桜花《はな》ふところゆ一《ひと》ひらの白刃《しろは》こぼれて夢さめにけり
わがころも夜具《やぐ》に仕換《しか》へてつつましく掻《か》い寝《いね》てけり月夜《つくよ》夜ざくら
角《つの》立ちのみじかきからに牛の角《つの》つのだち行けどふれずさくらに
いみじくも枝垂《しだ》るるさくら日《ひ》の本《もと》の良子《ながこ》女王《によわう》が素直《なほ》きおん眉《まゆ》
可愛《かあ》ゆしといふわが言の畏《かし》こけれ桜花《さくら》見ますかわが良子ひめ
新しき家居《いへゐ》の門《かど》に桜花《はな》咲けど夜《よ》を暗み提灯《ちやうちん》つけて出《い》でけり
桜花《はな》さける道は暗けど一《いつ》しんに提灯ふりて歩みけるかも
わが持てる提灯の炎《ひ》はとどかずて桜はただに闇《やみ》に真白し
いつぽんの桜すずしく野に樹《た》てりほかにいつぽんの樹もあらぬ野に
桜ばな暗夜《やみよ》に白くぼけてあり墨《すみ》一色《いつしき》の藪《やぶ》のほとりに
つぶらかにわが眼《め》を張《は》ればつぶつぶに光こまかき朝桜かも
ひんがしの家《や》の白かべに八重《やへ》ざくら淋漓《りんり》と花のかげうつしたり
さくら咲く丘のあなたの空の果て朝やけ雲の朱《しゆ》を湛《たた》へたり
わだつみの豊旗雲《とよはたぐも》のあかねいろ大和《やまと》島根《しまね》の春花《はるはな》に映《は》ゆ
ひさかたの光のどけし桜ちるここの丘辺《をかべ》を過ぐる葬列《さうれつ》
ほそほそと雫《しづく》しだるる糸ざくら西洋婦人|濡《ぬ》れてくぐるも
糸桜ほそき腕《かひな》がひしひしとわが真額《まひたへ》をむちうちにけり
わが家《いへ》の遠《とほ》つ代《よ》にひとり美しき娘ありしといふ雨夜《あまよ》夜ざくら
真玉《まだま》なす桜花《はな》のしづくに白黒のだんだら犬がぬれて停《た》ちたり
折々《をりをり》にしづくしたたる桜花《はな》のかげ女靴《めぐつ》のあとのとびと
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