った。陽は午後の円熟した光を一雫のおしみもなく、その旺溢した黄金色の全幅にそそぎかけている。青年は画家が真に色彩を眺め取る時に必ず細める眼つきを、そちらへ向けながら沁々《しみじみ》云った。
「あの山吹の色が、ほんとうに正直に黄いろの花に今の僕の心象には映るのです。僕の心が真に対象を素直にうけ入れられるようになったのですね。以前僕の描いた山吹の色は錆色でした。それが渋いとか何とかいいかげんなニヒルの仲間達に煽《おだ》てられたもんですが、詰らないことです。僕の盛り上って来た精神力でほんとうに人生を勇敢にこれからは掴《つか》み取れそうです」

 翌日の夜も翌々日の夜も青年は来なかった。そして手紙が来た。
「僕はいっしんにあの山吹の花の写生に取りかかりました。まだ朝寝の癖が全然とれないので昼頃迄は寝ていて、午後一ぱい殆ど日没近くまであの堤の下の水際に三脚を立てて汗みどろに写生です。夜は疲れてくたくたになります。家へ帰って画の道具を置くと手も足も抛《ほう》り出したなりになっちまうのです。伺い度いけれど、あなたの前で行儀悪く寝そべったりしては悪いと思って――それに、お許し下さい、僕は僕の昨今の自分
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