五月の朝の花
岡本かの子

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【テキスト中に現れる記号について】

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)せんだん[#「せんだん」に傍点]
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 ものものしい桜が散った。
 だだっぴろく……うんと手足を空に延ばした春の桜が、しゃんら、しゃらしゃらとどこかへ飛んで行ってしまった。
 空がからっと一たん明るくなった。
 しんとした淋しさだ。
 だが、すこし我慢してじっと、その空を仰いでいた。
 じわじわと、どこの端からかその空がうるんみ始めましたよ、その空が、そして、空じゅうそのうるみが拡がって。
 その時、日本の五月の朝の中空には点々、点々、点々、点々。細長いかっちりした薄紫の鈴――桐の花です。お洒落でつつましやかで、おとなしくてお済しで、群っていても実は孤独で、おっとりしていてもなかなか怜悧で。しのびやかにしかもはればれと桐の花。
 桐よりも、ずっと背が高いのにせんだん[#「せんだん」に傍点]の気の小さいポチポチ花。
 だが咲くだけ咲いてしまえば実に思い切りよく大ふうにさらさらと風にまかせて銀砂の様に私達の歩道に、その純白の粉花を一ぱいに敷きつめてくれる。
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