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――芝の三田から中目黒の不動堂へ参詣《さんけい》して、ここまで尋ねて来るのに半日かかった。だがこの目黒というところはなかなか見どころの多いところだ。
――そうかね。住み馴れてしまうと面白くもないが、貴公は始めてだからだろう。
――あの行人坂とかいうきつい坂を下りたところの川の両側から畳み出した石の反《そ》り橋があるの、ありゃ珍らしい。
――この辺では太鼓《たいこ》橋といっとる。木食《もくじき》上人が架けたというが、たぶん、南蛮式とでもいうのだろう。
――白井権八小紫の比翼塚の碑があった。
――十年ばかり前に俳諧師が建てたというね。上方《かみがた》の心中礼讃熱が江戸にも浸潤して来た影響かな。心中する者より碑を建てる側の方がよほど感傷家だ。
――しばらく逢わなかったが、貴公、すこし窶《やつ》れたようだ。
――そうかな。自分ではあんまり気がつかんけれど。
――一たい、こういう生活で満足しとるのか。佗《わび》しそうだな。
――割合いに楽しいのだ。
――当時和漢洋の学者、青木昆陽先生の高弟で、天文暦法の実測にかけては、西川正休、武部彦四郎も及ばんという貴公が、どうしたことだ。

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