な初花の滝さ」
 少しわき道をして慶四郎は、千歳に滝を見せたりした。
 またごろ[#「ごろ」に傍点]太石の街道が続く。陽はまぶしいほど山地に反射して、道端に咲くいちはつ[#「いちはつ」に傍点]の花が鋭い白星のように見える。千歳にうつらうつら襲って来る甘い倦怠《けんたい》――
 千歳はいつか慶四郎の肩に頭を凭《もた》せて歩いている。
 十年前、千歳が七八つの頃、慶四郎が父の内弟子に来てから、最初のうちは慶四郎は千歳の子守役、千歳が成長するにつれ縁日ゆきの護衛、口喧嘩の好敵手、時には兄妹のような気持にさえ、極めて無邪気な間柄であった。
 だが父が、姉の仲子の養子に慶四郎を定めようとした時、すでに少女から娘に移っていた千歳は、何故か新らしく湧いた妙な味気なさを自分で不思議に思った。その縁談は、慶四郎の煮え切らない態度で有耶無耶《うやむや》になりそのまま今度の事件になってしまった。それゆえ、その時の味気なさを千歳は自分に追求するまでもなかったが、今度の破門についても、父が、慶四郎を今一年もしたらまた、迎い入れようという下心を娘達に話さなかったら、千歳にはかなり寂しい出来事だったに違いなかった。
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