てお呉れ」
「変な人ね」
「ああ僕は昔から変な奴さ」
 千歳は仕方がなくこんどは、さっき慶四郎がちょっと口を出した姉のことについて、ここで、もうすこし詳しく慶四郎と話し合おうとした。
「お姉さまも一緒に来ればよかった? お姉さま旅行すきでしたわね」
 すると慶四郎は、一寸《ちょっと》たちどまってまじまじ千歳の顔を見たが、
「仲子嬢の話は、きょうはこれ以上、して貰い度くないな」
 と言って、またむっつり慶四郎は歩き出した。
 曾我堂を過ぎ、旧街道湯本の茶屋に着いた。晩桜《おそざくら》が咲いていた。
 千歳は、ふと、着のみ着のままで父の家を出た慶四郎が、どうしてこのひと月を暮したか不思議がった。
「それ訊きたいわ」
「何でもないさ、東京近くのこの温泉なら先生の弟子だといってちょっと楽器を掴《つま》んでみせれば、座敷や家庭教師の口はいくらでもある。まあこのくらいな横着は先生にも大目に見て頂くさ」
 麒麟児《きりんじ》といわれて十四の歳から新日本音楽の権威である千歳の父のもとに引取られ、厳しく仕込まれた慶四郎は、青年になるに随《したが》ってめざましく技倆を上げた。慶四郎は楽器から移って作曲の方
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