んぐん外へ連れ出した。家にいるときも慶四郎は悪気もなくよく突飛なことをする男だった。千歳は、今度も何か慶四郎の独り合点でこういう挙動をするのだろうと曳かれるままに連れられて表へ出たが、
「さようなら、お気をつけ遊ばして」
と言って見送る女中達に千歳は慶四郎の露骨な振舞いが少しきまり悪かった。
薄霧の曇りは、たちまち剥げかかって来た。競《せ》り上るように鮮かさを見せる満山の新緑。袷《あわせ》の紺飛白《こんがすり》に一本|独鈷《どっこ》の博多の角帯を締め、羽織の紐代りに紙繕《こより》を結んでいる青年音楽家は、袖をつめた洋装を着た師の妹娘を後に従えて、箱根旧街道へと足を向けた。右手の若葉の谷の底に須雲川の流水の音がさらさらと聞えた。
「先生は」
「丈夫よ」
「お姉さまは」
「丈夫よ」
「塾の凡庸な音楽家の卵たちは」
「相変らず口が悪いのね、みんな丈夫」
それより千歳は、病気といって自分を呼び寄せた慶四郎の事情をも一度訊く気になった。
「ねえ、どうして、あんた病気だなんて私を呼んだ」
「そのことはもう言いっこなし」
「だって……変だわね、私、お金少し持って来たのに」
「そんな話、もうやめ
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