み》のような脊とすれすれに沖の烏帽子《えぼし》岩が見えた。部屋の反対側の窓を開けると相模川の河口の南湖の松林を越して、大山連山の障壁の空に、あっと息を詰めるほど白く見事に富士の整った姿がかかっていた。そして上げ汐に河口の幅の広い湾入が湖のようになると、目を疑うほどはっきり空の富士が逆に映る。私は「まるで盆景の中に住んでいるようねえ」と美景を讃嘆した。

 娘というのは数え歳は十六だそうだが、見たところやっと十二か十三で、脾弱《ひよわ》な胴に結んだ帯がともすればずり落ちるほど腰の肉などなかった。蝋細工のような細面を臆病そうにうつ向けて下唇を噛みながら相手を見た。ただ瞳だけが吸い付くように何物をか喘《あえ》ぎ求めていた。そうかといって病気もなかった。
 私と娘の両親との約束は――一緒に娘と膳を並べて食事をするほか、もし暇があったら戸外の散歩へでも連れて出て呉れないか――、ただそれだけであった。だから私は所換えに依って新らしくそそられた感興の湧くに任せてぐんぐん仕事に熱中し出して娘を顧みる余裕を失ったが、娘は起きるから寝るまで私の部屋に来て、黙ってく[#「く」に傍点]の字に坐ったなり、私の姿
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