れたがっているのだ。私は憐み深く胸を出してやる。

     春の浜別荘

 暮から年頭へかけて、熱海の温泉に滞在中、やや馴染になった同じ滞在客の中年の夫婦から……もしここを引揚げるようだったら、五日でも十日でも自分のところの別荘へ寄ってそこにいる娘と一緒に暮しては呉れまいかと、たっての頼みを私は受けた。
 私は自分では何とも思わないのに、異ったところのある女と見え、よくこんな不思議な頼みを人から受ける。念のため理由を夫婦に訊いてみると、「あたたのような気性を、是非娘に写して置き度いから」というのである。私はむっとして、「模範女学生じゃあるまいし」と、つい口に出していってしまったが、夫婦の強請《せが》み方はなかなかそのくらいでは退けようもなく、また私自身書きものの都合からいっても何処《どこ》かところを換え、気を換える必要があったので、遂々《とうとう》温泉滞在を切り上げ、夫婦に連れられて汽車に乗り、娘のいる浜の別荘へ送り込まれた。

 来て見て案外その別荘は気に入った。家は何の奇もない甘藷《かんしょ》畑と松林との間に建てられたものだが、縁側に立って爪立ち覗きをしてみると、浜の砂山の濤《な
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