飛びかかり飛びすさりしながら、募る恨みと憎しみに、二人は腕を張り切らせて遮二無二相手に投げ付けた。――これでもか、俺の呪いと憎みを知れ――と、双方の一つ一つの拳が嘆いて喰らいつく。それは肉体の打撃や痛みに止まらなかった。身に滲み渡る痛みによって二人は二人の底意を読んだ。盛り上る血肉の力闘の勢いに押されて彼等は互に対する平常の気持ちの我慢を突き破った。アイリスを中に挟んで日頃潜在して居た二人の憎悪が表面切って燃え立った。
 ジョーンの父は庭師《ガードナー》であった。近頃では彼の父のお顧客はロンドンの西郊の方にばかり殖えた。欧洲の何処の都会でもそうであるように、ロンドンでも東端は貧民街であった。立派な邸宅を持つ富豪は西へ、西南へと居を移した。ジョーン達の住んだロンドン東端の借屋は、余り遠くお顧客の庭から離れてしまった。で彼等は先月初めに西端の或る横町へ引越さねばならなかった。その方がジョーンの父にとっては非常に都合がよかった。引越しでジョーンは近所のアイリスと離れて住まねばならなかった。それはジョーンを一寸淋しそうにも思わせたが、又何となく楽しいアイリスとの別居のようにも仮想させた。彼は下
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