一体になって時を経過して行った。彼女は自然そのままだった。悠久の命の流れに寂然と身を委《まか》せて居た。国亡びた後の山河に、彼女は独り生き残って居るようであった。彼女は自分と現世とをまったく忘れて居た。
 突然、彼女は身近くを、そそくさと通り過ぎて行く二人連らしい女の足音に驚かされた。彼女は何か非常に恐ろしかった。自分をこれほど無力に感じた時は今までに無かった。息を殺して警戒した。彼女のとぎすまされた聴覚に別な男性らしい二人連れの近づいて来る音をも聞き分けた。
 ――|おい《ハロウ》、|相手が見付かったかい《ゴットアマン》。
 ――……………………………
 土曜の晩近くなって急に遊び相手をあわてて求め出した男連れが、当り触りの無いように軽く女連れに誘いをかけたらしかったのだ。なんだ、そんな人達だったのか――と彼女はほっとした。呼びかけられた女達は何とも言わなかった。そして男も女も遠のいて行ってしまった。彼女は、男達の投げた誘いの網を、女達がどうあしらうかと一寸好奇心を起した。だが女達は相手にもならずに去って行った。なんでも無い人事の期待外れは、変な風に彼女自身の内に返答を求めた。「相手が見付かったか?」と彼女の耳の中に大きく響き渡ったのに彼女は全く驚いたし、またあわてた。彼女は自分の脳の中を覗いて見た。胸の中も腹の中も、そして恥かしかったが一寸××の中も覗いて見た。何処にも彼女の希求した男の影は無かった。どんなに探しても見付からなかった。生れた時から今までの生存の間に逢った男達の顔が、何れ一つとして彼女の前に判っきりと出現権利を主張するものが無かった。
「まだ私は相手が見付からない。私の思う人は何時、どうすれば掴まえることが出来るか。器量は、良ければ尚良いけれど、そんな常識的の美男子でなくとも、男としての特長に映えた素晴らしい人、その人の考える事、言う事、為す事、つまりその人の命が、宇宙の生命と連《つな》がって脈動しているような人、その人に抱かれる時私の疲れて崩れかけて居る魂が生き生きと甦《よみが》えるような霊智の人、肉体の人、その人が私は欲しいのだ。何処に居るのだろう。案外自分の近くに居るかも知れない。一刻も早く見付けよう。もう私は二十二だと言うのに、……………ジョーンやワルトン、あんな男達と押し合って居る時じゃない、二人を見捨てよう。そして新らしく私は私の希願に
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