愚かな男の話
岡本かの子

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)喋《しゃ》べり

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)相当|沢山《たくさん》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)してやったり[#「してやったり」に傍点]
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       ○

「或る田舎に二人の農夫があった。両方共農作自慢の男であった。或る時、二人は自慢の鼻突き合せて喋《しゃ》べり争った末、それでは実際の成績の上で証拠を見せ合おうという事になった。それには互に甘蔗《かんしょ》を栽培して、どっちが甘いのが出来るか、それによって勝負を決しようと約束した。
 ところで一方の男が考えた。甘蔗は元来甘いものであるが、その甘いものへもって来て砂糖の汁を肥料としてかけたら一層甘い甘蔗が出来るに相違ない。これは名案々々! と、せっせと甘蔗の苗に砂糖汁をかけた。そしたら苗は腐ってしまった」

       ○

「或ところに愚な男があった。知人が家屋を新築したというので拝見に出かけた。普請《ふしん》は上出来で、何処《どこ》も彼処《かしこ》も感心した中に特に壁の塗りの出来栄えが目に止まった。そこで男は知人に其の塗り方を訊いてみた。知人が言うには、此の壁は土に籾殻《もみがら》を混ぜて塗ったので斯《こ》う丈夫に出来たのであると答えた。
 愚な男は考えた。土に籾殻を混ぜてさえああ美事に出来るのである。一層、実の入っている籾を混ぜて塗ったらどんなに立派な壁が出来るだろう。そして今度は自分の家を新築する際に、此のプランを実行してみた。そしたら壁は腐った」
 以上二話とも、あまり意気込んで程度を越した考えは、却《かえ》って不成績を招くという道理の譬《たと》え話になるようである。

       ○

「或るところに狡《ずる》くて知慧の足りない男があった。一月ばかり先に客を招んで宴会をすることになった。ところで其の宴会に使う牛乳であるが、相当|沢山《たくさん》の分量が要るのである。
 それを其の時、方々から買い集めるのでは費用もかかり手数もかかると、男は考えたのである。そこで知人から乳の出る牝牛を一ヶ月の約束で賃借りして庭に繋《つな》いで飼って置いた。
 牝牛の腹から出る牛乳を毎日|搾《しぼ》らずに牝牛の腹に貯めて置いたなら、宴会までには三十日分のものが貯って充分
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