入用の量にはなるだろうと思ったのである。
 宴会の日が来た。男はしてやったり[#「してやったり」に傍点]と許《ばか》り牝牛の乳を搾った。そしたら牝牛の腹からはやっぱり一日分の分量しか牛乳は出なかった」

       ○

「何か勲功《てがら》があったので褒美《ほうび》に王様から屠《ほふ》った駱駝《らくだ》を一匹|貰《もら》った男があった。男は喜んで料理に取りかかった。なにしろ大きな駱駝一匹料理するのであるから手数がかかる。切り剖く庖丁はじき切れなくなって何遍も研《と》ぎ直さねばならなかった。男は考えた。こう一々研ぎ直すのでは手数がかかってやり切れない。一遍に幾度分も研いどいてやろう。そこで男は二三日がかりで庖丁ばかり研ぎにかかった。
 かくて、庖丁の刃金は研ぎ減り、駱駝は暑気に腐ってしまった」

       ○

「やはり愚な男があった。腹が減っていたので有り合せの煎餅《せんべい》をつまんでは食べた。一枚食べ、二枚食べして行って七枚目の煎餅を半分食べたとき、彼の腹はちょうど一ぱいになったのを感じた。男は考えた、腹をくちく[#「くちく」に傍点]したのは此の七枚目の半分であるのだ。さすれば前に食べた六枚の煎餅は無駄というものである。それからというものは、この男は腹が減って煎餅を食べるときには、先ず煎餅を取って数えた。一枚、二枚、三枚、四枚、五枚、六枚、そしてこれ等の六枚の煎餅は数えただけで食わないのである。彼は七枚目に当った煎餅を口へ持って行き半分だけ食った。そしてそれだけでは一向腹がくちく[#「くちく」に傍点]ならないのを如何にも不思議そうに考え込んだ」(百喩経より)



底本:「岡本かの子全集2」ちくま文庫、筑摩書房
   1994(平成6)年2月24日第1刷発行
底本の親本:「岡本かの子全集 第十四卷」冬樹社
   1977(昭和52)年5月15日初版第1刷
初出:「キング」講談社
   1936(昭和11)年5月号
入力:門田裕志
校正:オサムラヒロ
2008年10月15日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全2ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 かの子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング